TITLE : 父の旅立ち

「桜を観れないかも」
去年の秋、医師に告げられた言葉通り
4月6日の早朝、父は逝ってしまいました
87歳の春。

入院してから17日、あっと言う間でした
母は阪神大震災の年に亡くなり、あれから17年
父は独り奮闘して家事をこなしていましたが
ここ数年、さすがに私も実家へ帰り
親子ふたり暮らしが2年ばかり
私に出来る事といえば夕食を作って一緒に食べる、くらいでしたが。

いざ実家に帰ってみると
お互い、頑固な融通の効かない職人気質なところが
そっくりで嫌というほどぶつかりあう日々。

父のふりかざす正論に心の中でずっと「ちっ」と思ってばかりでした。

父は熱心なクリスチャンで
高齢になってもストイックな信仰生活を送っていたので
食事の前には祈りがあり、常に他者を想いやる言葉を発していました

まぁ平たく言えば外面はよくても身内にはストレスフルな人
私はそこが苦手で早くに家を出てしまったわけで。

「吐血」した次の日、夜中に病院から電話がかかって
個室に移った父はすでに意識不明。
「耳は聴こえてらっしゃいますから」と言われ
横で父の手を握り顔を覗き込む数時間。
なにか濃密なふたりの時間を神様から与えられた気がします。
少し疲れてきたので長椅子に横になってうとうとした
その間、私は夢を観ているような、不思議な体験をしました。
母が迎えに来た気配が、したのです

生前、父は双ヶ丘という小さな山に登り、そこのさざれ石で祈りを捧げる、
という習慣があり、その時に一度不思議な体験をしたそう
「恐れるな、私が主である」というキリストの声を聴いた、
今となっては私もなんとなく本当だったのかなぁ、と
頷く出来事で
そのお陰で祈りに信仰に真摯に取り組めた父
臨終のその時の顔は、とても美しく安らかで
悲しい、というよりは「ハレルヤ」という気分でした

早朝牧師さんに父昇天の電話をすると
東北支援の為不在だった、そして
彼のお父さんで、前任の牧師だった方が急遽、
通夜に来てくださることに

キリスト教の通夜は前夜式と言います
急だったのにもかかわらず、沢山の方達が来て下さり
名古屋から駆けつけてくださった篠澤牧師が
マルティン・ルターの言葉
『たとえ明日世界が終わりになろうとも、私は今日林檎の木を植える』
と式辞をおっしゃった時

なるほど、これが父と腹に落ちた言葉でした
百姓だった父は「宮沢賢治」の詩のように休むことなく
常に日々を淡々と
自己の在り様を貫いた人でした

入院していた十数日で細々した日常の品を私に注文して
ベッドの廻りは結構な量にふくれあがっており

最後の日まで
呆けることなく、嫌がっていた「おむつ」の世話になることなく
明確な意思を持って生きていました。

私の仕事に支障をきたすことなく
絶妙のタイミングで天国に召されてくれた父

稚拙な文章で申し訳ありませんが
ここに感謝の気持ちを記しておきたいのです

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おとうさん,おとうさん

いままでありがとう、出来の悪い娘でごめんなさい
父を見知ってくださっていた方々には
ほんとうにお世話になりました

そしてこれからもいろいろな人達の支えなしでは
生きてゆけない私を、皆様どうかよろしくおねがいします
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